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『永遠の門 ゴッホの見た未来』のあらすじと予告編動画
画家としてパリでは全く評価されていないフィンセント・ファン・ゴッホ(ウィレム・デフォー)。
彼は、会ったばかりのゴーギャン(オスカー・アイザック)の「南へ行け」というひと言で、南フランスのアルルへやって来る。
「まだ見ぬ絵を描くために、新しい光を見つけたい」というゴッホの願いは、この地で春を迎えた時に叶えられた。一緒に暮らすことになったゴーギャンとの別れ、再び一人になり絶望したゴッホをこの世に繋ぎとめたのは、描き続ける情熱だけだった。
相変わらず1枚の絵も売れない日々の中、ゴッホは神父にそっと語る。「未来の人々のために、神は私を画家にした」
もはや彼の眼差しに不安の影はなかった。晴れ晴れと穏やかなその瞳が最期に映したものとは――。
(引用:『永遠の門 ゴッホの見た未来』公式サイト)
『永遠の門 ゴッホの見た未来』の動画を観た感想
『永遠の門 ゴッホの見た未来』の動画を観た感想をここから書いていきたいと思います。
フィンセント・ファン・ゴッホ
何と魅力的な画家なんでしょうか。
ゴッホの孤独と苦悩に満ち溢れた人生が、『永遠の門 ゴッホの見た未来』にはリアルに繊細に描かれていました。
絵を描いている時、絵の題材を求めて自然の中を歩き回っている時、ゴッホは画家というよりは修行僧や求道者のように見えます。
何か目に見えないものに駆り立てられるかのように、とにかく絵を描き続けるゴッホ。
とにかく誰かに認められたかった、誰かに愛されたかった、でも弟のテオ以外は誰も認めてくれず愛してくれなかった。
ゴッホは満たされない思いを全て絵を描くことにぶつけていくのです。
パリでしばらく暮らした後、ゴッホは南フランスのアルルへと向かいます。
太陽の美しく強烈な光を求めて。
パリ時代に身に付けることに成功した「印象派」の絵画技術が、アルルの強烈な太陽に照らされる自然を描くことで、ゴッホオリジナルなものへと大きく昇華していくのですね。
アルル時代にはたくさんの傑作を描き上げたゴッホ。
しばらく一緒に暮らしたポール・ゴーギャンにも大きな刺激を受けます。
すでに有名になりかけていたゴーギャンと、全くの無名であったゴッホは、絵に対する考え方が真逆なんですよね。
ゴーギャンは、ゴッホに常に言うのです。
「自分の内面を見ろ」
「もっとゆっくり描けよ。なぜ急ぐ?落ち着いてゆっくり描け。」
「絵の表面を見てどう絵具を置くか考えろ。動きを抑制するんだ。もっと室内で描けよ。」
ゴーギャンは想像で絵を描く人でした。
でもゴッホは全く逆なんですよね。
「絵は一刷毛(ひとはけ)で素早く描くものだ。」
「絵は自然の中にある。それを解放するだけだ。」
「抑制などするものか。熱狂していたい。絵は『行為』なんだ。速く描けば描くほど気分がいい。」
ゴッホは風景画、肖像画、それぞれの絵をたくさん描きましたが、見る対象があってそれを描く画家でした。
ゴーギャンの助言を受け入れて、生涯に数枚だけ想像で描いた絵があるのですが、本人も弟のテオもそのやり方はしっくりこなかったようなんですね。
ゴーギャンはゴッホの絵について、さらにこのように言うのです。
生きている間は1枚しか絵が売れなかったゴッホですが、今では世界中で最も有名な画家の一人となりました。
そして世界中の人がゴッホのその絵の描き方、厚く塗り重ねた彫刻のような、その独特な絵に心を奪われているわけです。
ゴーギャンとゴッホは、絵に対する考え方の違いを激しくぶつけ合い、口論しました。
すぐに激高するゴッホに向かってゴーギャンは、
「僕らは一緒には暮らせない。気性が合わないんだ。」
と言い放ち、アルルでの共同生活に終止符を打つのです。
そのショックから、あの有名な「ゴッホの耳切り事件」へと繋がっていくわけですね。
自分の耳を切り落とすという事件の後、アルルの住民がゴッホを狂人扱いし、病院に入れろと署名活動をして、サン=レミの精神病院に入院させられることになるのです。
このあたりからゴッホの精神は更に安定を欠くようになっていったのかもしれません。
ゴッホは精神に変調をきたしながらも、それでも必死に自分と社会を繋ぎとめようと努力したのだと思います。
「僕が見てるものを人々と分かち合いたい。僕の見ているものは世界の現実に近い。生きるとは何か、人々に感じさせられる。」
「自然を見るとすべてを結びつける絆がより鮮明に見える。エネルギーの振動が。神の声が。時々、強烈すぎて意識を失う。目覚めると自分がどこで何をしてたか分からない。自分の名前を思い出すのも数分かかる。」
「病気の状態が絵を生むんだ。人は僕を狂人というが狂気は最高の芸術だ。」
あまりにも感受性が強すぎて、自然の中で絵を描いていると、太陽の光など自然から受け取る刺激が強烈すぎて意識を失うほどだったわけですね。
でも、その危うい精神状態が、あの素晴らしい作品の数々を生み出したことは間違いないでしょう。
「狂気は最高の芸術だ」
狂気に怯えながらも、絵を描く為であればそれを全て引き受けようとするゴッホの覚悟が感じられる言葉です。
そのようにしか生きることのできなかった、不器用で激情型のゴッホ。
でも本当は、自分を認めてくれ、愛してくれる人たちとの穏やかな暮らしに憧れていたに違いありません。
映画冒頭、ゴッホの無意識を表現したような言葉がありました。
一緒に座って酒を飲み、他愛ない話をしたい。
煙草をもらったりワインを注がれたり、調子は?と聞かれ、それにこたえて談笑する。
時には誰かをスケッチしてプレゼントする。彼らはそれをどこかに飾る。
女が微笑みながら僕に聞く。お腹空いてない?何か食べる?ハムはどう?チーズ?それとも果物?
常に己自身と、そして世間と戦い続けなければならなかったゴッホ。
月並みな言葉になってしまいますが、ゴッホがその短い人生に幕を下ろした時、ゴッホ自身も、そして弟のテオも悲しみながらも、ようやく苦しみから解放されたという思いを抱いたのではないでしょうか。
それほど激しく険しい人生を生き切ったわけですね、ゴッホは。
ゴッホの絵を観て、世界中の多くの人々がここまで心を激しく動かされるのは、ゴッホ自身の激動の人生が絵を通して激しく訴えかけてくるからではないでしょうか。
『永遠の門 ゴッホの見た未来』
ゴッホの苦悩に寄り添った、美しい映画でした。
ゴッホが好きな人はもちろんのこと、ゴッホや絵の事に全く興味がなくても、一人の孤独な絵描きの物語に心動かされることは間違いないと思いますよ。
最後に余談をひとつ。
ゴッホの晩年の傑作の一つである「ドービニーの庭」という絵が、ひろしま美術館に展示されているんですよね。
日本で常時展示されているゴッホの作品というのは本当に少ないんです。
その中で、「ドービニーの庭」という晩年の傑作が日本にあるのは奇跡だという専門家もいるくらいなんですね。
僕も「ドービニーの庭」を見るために、何度かひろしま美術館に足を運びました。
そしてその素晴らしい作品を目の前にして、時間が経つのを忘れるほど釘付けになって絵を見入っていたことを思い出します。
『永遠の門 ゴッホの見た未来』を観てゴッホに興味を持たれた方は、ぜひとも「ドービニーの庭」という素晴らしい絵をご覧になってみてはいかがでしょうか。
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